東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1258号 判決 1974年1月31日
控訴人 渡辺清
右訴訟代理人弁護士 岩淵信一
高山道雄
被控訴人 本合次平
被控訴人 本合梶一
右両名訴訟代理人弁護士 三宅東一
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人訴訟代理人(以下、控訴代理人という)は、「原判決を取り消す。被控訴人両名は、連帯して控訴人に対し金一一四万円及びこれに対する昭和四五年一二月二八日から昭和四六年五月二七日まで年一割五分、同年同月二八日から支払いずみに至るまで年三割の各割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人両名の負担とする。」旨の判決を求め、「本件請求を右の範囲に減縮する。」と述べ、被控訴人両名訴訟代理人(以下、被控訴代理人という)は、控訴棄却の判決を求め、右請求の減縮に同意した。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に、改め、附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴代理人は、次のように述べた。
1 本件契約は、家合才吉が被控訴人らから代理権を与えられ、同人らを代理して締結したものである。すなわち、控訴人が昭和四五年一二月二八日才吉に対し一二〇万円を利息年一割二分、遅延損害金年三割、弁済期昭和四六年五月二七日の約定で貸し渡した際、才吉は被控訴人両名を代理して控訴人に対し右才吉の債務につき連帯保証を約した。よって、かように従来の主張を訂正する。
2 仮に、家合才吉に各被控訴人を代理して連帯保証を約する権限がなかったとしても、各被控訴人は、昭和四六年五月一一日本件契約につき公正証書を作成することを承諾しそのため必要な印鑑証明書を控訴人に交付して、控訴人に対し、才吉の債務につき連帯保証を約した才吉の1の無権代理行為を追認した。
3 仮に、家合才吉に各被控訴人を代理して連帯保証を約する権限がなかったとしても、被控訴人両名は、さきに才吉に対し、同人が株式会社東光商事から金員を借り受ける際、同会社との間で右才吉の債務につき連帯保証を被控訴人らに代ってする代理権を与えた。従って才吉が被控訴人らを代理して1の連帯保証の意思表示をしたことは右代理権の範囲を超えたものであっても、その際控訴人に差し入れられた金員連帯借用証書及び公正証書作成のための委任状には、被控訴人両名の実印が押捺されこれに印鑑証明書が添付されており、また被控訴人本合梶一は才吉の経営していた瓦屋に勤務していたことがあり、さらに梶一の父被控訴人本合次平は、これよりさき才吉が倒産したとき友人としてその清算並びに債務弁済延期等の交渉一切を任されその交渉に当ったこともあるので、控訴人には、才吉に各被控訴人を代理して1の連帯保証の意思表示をする権限があると信ずべき正当の理由があったのである。
二 被控訴代理人は、次のように述べた。
1 一1の控訴人主張事実を否認する。
2 二2の控訴人主張事実中各被控訴人が控訴人に対し印鑑証明書を交付したことは認めるが、その余は否認する。右印鑑証明書は、他の目的のために交付したものである。
3 二3の控訴人主張事実中被控訴人本合梶一が家合才吉に使用されていたことは認めるがその余は否認する。株式会社東光商事に対する連帯保証契約は、被控訴人等が自ら締結し、右契約締結後才吉を使者として必要書類を持参させたに過ぎない。被控訴人等は農業兼瓦工で嘗て才吉に雇われていたことがあり一二〇万円もの債務を保証するだけの資力もなく、従って保証などするはずもないことは同人らと同一町内に居住している控訴人が知悉するところであり、しかもこのように多額の保証につき各被控訴人自身に真意を確めなかったのは控訴人の過失であるから、控訴人には才吉に代理権限があると信ずべき正当な理由はなかったのである。
三 証拠≪省略≫
理由
一 先ず、事実摘示一1の控訴人の主張について按ずるのに、甲第一号証(借用証書)中各被控訴人名下の各被控訴人の氏名をあらわした印影及び甲第三号証(委任状)中各被控訴人名下の各被控訴人の氏名をあらわした印影がいずれもその被控訴人の印章によって顕出されたものであることは被控訴人らの自認するところであるが、後に認定するとおり右甲号各証は真正に作成されたと認められないし、原審及び当審における控訴人本人の供述中甲第一号証は、控訴人が昭和四五年一二月家合才吉に対し連帯保証人となるべき各被控訴人に自筆の署名をなさしめるよう求めて印刷部分以外白地の用紙を交付したところ、右才吉は、一旦右の用紙を持ち帰り、その後来訪したとき、被控訴人らの氏名の記載がなされ、かつ名下に印が押捺された右用紙を持って来て、本人が書いたものに相違ないと言ったから、各被控訴人の作成したものと思うし、甲第三号証の各被控訴人の氏名は家合才吉が控訴人の面前で記載したとの部分に成立に争いのない甲第二号証の一、三をあわせても事実摘示一1の控訴人主張事実を認めることはできず、ほかにこれを認めるだけの証拠はない。かえって、前顕甲第一、第三号証の存在、前顕甲第二号証の一、三、原審証人家合一郎(その証人調書の上欄には裁判官の認印がなされていないが、右調書は原審第六回口頭弁論調書と一体となるものであり、右一体性は両調書になされた立会書記官の記名押印により明らかにされ、右口頭弁論調書には担当裁判官の認印が押捺されていることは記録上明白であるから、同証人の供述に証拠能力を肯定することは妨げない)、原審及び当審における各被控訴本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば、家合才吉は、かねて、被控訴人両名の保証で株式会社東光商事から借用している金員の借用証書を書き替える際その手続に必要な各被控訴人の印鑑証明書の下付を受けるため被控訴人らから預かっていた各被控訴人の印章を冒用して、昭和四五年一二月一四日先ず被控訴人本合梶一の印鑑証明書(甲第二号証の三)の下付を受け、次で同年同月二八日被控訴人本合次平の印鑑証明書(甲第二号証の一)の下付を受け、その頃右各被控訴人の印章を冒用して、原審事実摘示一(一)の趣旨の金員連帯借用証書の連帯債務者欄に各被控訴人の氏名を冒書し、その印章を押捺して証書(甲第一号証)を偽造し、当審事実摘示一1の主張にそう公正証書作成に関する被控訴人両名名義の委任状(甲第三号証)を偽造し、これらを前記印鑑証明書とともに控訴人に交付したものであって、以上の所為はいずれも各被控訴人の不知の間にほしいままになされたものであり、各被控訴人から才吉に代理権を与えたものではないことが認められる。
よって、控訴人の前記主張は採用の限りではない。
次に、事実摘示一2の控訴人の主張につき按ずるのに、各被控訴人が控訴人に対し昭和四六年五月一一日印鑑証明書を交付したことは当事者間に争いがないけれども、その趣旨が本件契約について公正証書を作成するためであったとの点については、≪証拠省略≫中右主張にそう部分は≪証拠省略≫と対照して採用し難く、かえって≪証拠省略≫によれば、控訴人は、昭和四六年四月三〇日家合才吉が夜逃げをして行方不明となった後、被控訴人両名に対し証書に右両名の押印があるからとて連帯保証の責任を追求し、右両名から証書の提示を求められてもこれに応ぜず、印鑑証明書を交付すれば金員の請求をしないと申し向けて、昭和四六年五月一一日頃、被控訴人本合次平からは同人の印鑑証明書(甲第二号証の二)、被控訴人本合梶一からは同人の印鑑証明書(甲第二号証の四)をそれぞれ交付させたことが認められるから、各被控訴人が右交付によって家合才吉の無権代理行為を追認したという控訴人の主張もまた採用することができない。
進んで事実摘示一3の控訴人の主張につき按ずるのに、被控訴人本合梶一がかつて家合才吉に使用されていたことは当事者間に争いがないけれども、被控訴人両名がさきに才吉の金員借り入れの際貸主株式会社東光商事に対し右才吉のため連帯保証をする旨の意思表示を被控訴人らに代ってする代理権を右才吉に与えたという主張事実については、≪証拠省略≫中右主張にそうかのような部分は、≪証拠省略≫に照らしてその証拠として採用し難く、他にこれを認めるだけの証拠はない。かえって、≪証拠省略≫によれば、被控訴人らは、才吉が昭和四五年株式会社東光商事から借り受けた一〇万円の借用証書を書き替えるに際し、同会社及び右才吉の双方から依頼され、同会社に対し才吉の消費貸借契約上の債務につき連帯保証をしたのであるが、契約書に署名押印したのは被控訴人自身(被控訴人梶一については同次平が代理して)であり、ただその後同会社に提出すべき印鑑証明書の下付を受け、株式会社東光商事に届けるにつき、才吉をしてこれをなさしめたにすぎないことが認められる。よって、控訴人の右主張事実を認めることはできず、これを前提とする事実摘示一3の控訴人の主張は採用することができない。
二 よって、控訴人の本件請求は失当であり、これを棄却した原判決は相当であり、これに対する本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条によってこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 園部秀信 林信一)